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拡張するファッション演習 分断・高齢化する社会にファッションが与えられる希望はあるか

対談:編集者 林央子×東京藝大准教授 西尾美也

左から)西尾美也氏、林央子氏

IMAGE by: FASHIONSNAP

左から)西尾美也氏、林央子氏

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拡張するファッション演習 分断・高齢化する社会にファッションが与えられる希望はあるか

対談:編集者 林央子×東京藝大准教授 西尾美也

左から)西尾美也氏、林央子氏

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 元「花椿」の編集者 林央子氏が2011年に発表した書籍「拡張するファッション」内で提示された同名の概念は、「消費の象徴」であり「経済活動のツール」と認知されるファッションという分野において、溢れる情報をなぞる事に消費者が疲弊し、その本質が持つ可能性について思考できなくなっていると指摘。自ら服について考える機会を持つことで「ファッションを主体的に楽しむことができる」とし、ファッションを起点に、フェミニズムの在り方や服作りというシステムの固定化への疑念、職業選択の自由まで様々な事象について語ることができると論じた。先進的な意識を持ち活動するクリエイターをファッションを軸に紹介することでその新たな可能性を示し話題を呼んだ同書は、2014年に水戸芸術館で「『拡張するファッション』展」として(以下、拡張展)展覧会形式で展開された。

 そんな「拡張するファッション」という概念を実社会に向けて「演習」することを試みる取り組みが2023年の浦安市で興っている。美術家であり、東京藝術大学先端芸術表現科で准教授を務める西尾美也氏が主催し、キュレーターに林氏を、リサーチャーにファッション研究者の安齋詩歩子氏を迎え、“対話としてのファッション”という視点から、高齢化や孤立の問題について考察するワークショップや講義を行う。2022年度に始動した千葉県浦安市と東京藝術大学(以下、藝大)が連携・協力して行うアートプロジェクト「浦安藝大」内の取り組みの一環で、2023年8月から始まったこの「拡張するファッション演習」は、浦安市と東京藝大を舞台に始動したばかりだ。

 今回は、林氏と西尾氏に「服」と「アートプロジェクト」が持つ可能性から、ファッション教育、現代人の社会性についてまで語ってもらった。

著述家、編集者、研究者

林央子

Hayashi Nakako

高校時代からファッションと雑誌に興味を抱く。1988年に資生堂に入社し『花椿』編集室に所属。パリコレ取材を体験した後、2001年に離職し個人雑誌『here and there』を創刊。2011年に発表した書籍『拡張するファッション』が学芸員の目にとまり、美術館での展覧会「拡張するファッション」(2014年)となる。2020年セントラル・セント・マーティンズ修士課程に留学。2023年秋以降、日本を拠点にロンドン・カレッジ・オブ・ファッション博士課程でファッションとアートの交差点を研究する予定。

美術家、東京藝術大学准教授

西尾美也

Nishio Yoshinari

1982年奈良県生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。博士(美術)。文化庁新進芸術家海外研修員(ケニア共和国ナイロビ)、奈良県立大学地域創造学部准教授などを経て現職。装いの行為とコミュニケーションの関係性に着目したプロジェクトを国内外で展開。ファッションブランド「NISHINARI YOSHIO」を手がける。近年は「学び合いとしてのアート」をテーマに、様々なアートプロジェクトやキュレトリアルワークを通して、アートが社会に果たす役割について実践的に探究している。 

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“アートワールド外”の人と繋がれる「服」

まずは、お二人の接点を教えてください。

西尾美也(以下、西尾):元をたどれば学生時代に遡ります。僕が明確に央子さんの講義に参加したなと記憶しているのは、「コルクルーム」ですね。

林央子(以下、林):コルクルームというのは、ファッション好きな人を繋げる勉強会のようなものでした。今FashionStudies®を主宰する篠崎友亮さんが、当時はそこでトークイベントを企画して、その内容をまとめたテキストをニュースレターとして発信するという活動をされていました。それがだいたい2006年くらい。花椿を退職してフリーになってから5年目くらいです。

西尾:もちろん僕はそれまでに央子さんが発行されていた雑誌「here and there」を愛読していました。

here and there・・・林の個人出版プロジェクトとして2002年春に創刊されたマガジン。アート、ファッション、ライフスタイルといったテーマを国内外問わずボーダーレスに取り扱う。日本語と英語で展開。

お二人の現在の活動について教えてください。

西尾:僕はいつも、“アートワールド以外の人たち”と、ファッションを通じて出会っていくことを出発点に作品づくりや研究をしています。「服」は誰もが着るものなので、服を起点にすることでアート表現やコミュニケーションの裾野を広げることができるのではないかと。同様の理由から、子どもや外国の方、高齢者の方たちとも服を通じたプロジェクトに取り組んでいます。最近だと、大阪市西成区山王にあるkioku手芸館「たんす」という、元タンス店を活用して地域の方が集まり創作活動ができる拠点として開かれている場所で、そこを利用する地域の高齢者の方々と約1年間かけて服作りのワークショップ行い、一緒にファッションブランド「ニシナリヨシオ(NISHINARI YOSHIO)」を立ち上げました。

:今日は2人ともニシナリヨシオのお洋服を着てきました。

NISHINARI YOSHIOの服

Imaged by FASHIONSNAP

NISHINARI YOSHIOの服

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:私は、個人の書籍編集と並行して、今回のようなプロジェクトにも色々と取り組んでいます。西尾さんと私はアプローチの仕方は少し違いますが、私の場合は年下の方と関わる機会が多く、異世代とプロジェクトに取り組んでいるという点は共通点ですね。でも私の場合は、特に世代を意識しているわけではなく、価値観が合う人とは世代関係なく近い目線でものを作り出せるなという考えで自然と違う世代の方との交流が多くなりました。一方で西尾さんは、ジェンダーも社会的なポジションや年代も全く違う方たちと長期的なアートプロジェクトに取り組まれています。ニシナリヨシオが生まれたワークショップでは、高齢者の女性たちとアーティストである西尾さんが出会い、お互いが違和感や共通項を探りながら服に落とし込んでいくというプロセスを取られていました。

お二人が一緒にプロジェクトを立ち上げるのは初めてですよね。

西尾:そうです。こうしてご一緒する一番大きなきっかけになったのは、央子さんがセントラル・セント・マーチンズ (Central Saint Martins、以下セントマ)に留学されたこと。今までの実績や、編集者としての表現物がありながら、研究という側面からもう一度ご自身の活動に向き合い、改めて体系的に位置付けようとされている姿を知りました。僕は大学という教育機関に身を置きながら作家としても活動していて、「教育」と「研究」と「実践」を関係付けて、その関係性の中で考えを深めていきたいと思っているんです。なので、今の僕と央子さんなら、すごく強く共鳴しながらプロジェクトを進めていけるのでは、と思ったんです。

:留学先では本当に様々な人との新しい出会いがあり、自分がやってきたことや周囲の方々の活動を再解釈することができました。世界各地のファッションスカラーたちと会話する中で、彼らがいかに切実に、従来のファッション研究の枠を超えたいと思っているかがわかりました。そしてそんな人のなかには、「拡張するファッション」を元々読んでいたり、拡張展に足を運んでくれていた人もいたことを知りました。私の活動や西尾さんをはじめとする周囲の作家たちの活動が、世界のファッションスカラーたちの活動の中でも1つの重要な歴史として認識されていることが実感でき、素直に嬉しかった。そして今まで以上に積極的に先駆的なファッションスカラーたちのコミュニティに参画するべきだと思ったし、これからも出来る限りその系譜に位置付けられる活動をし続けていきたいと感じました。

年齢を限定されるものがファッションではない

「浦安藝大」とは何なのでしょうか。

西尾:4組のアーティストによるプロジェクトと海外交流プログラムで構成された5つのプロジェクトの総称です。4組のアーティストのうち、2組は東京藝大の教員で、残りの2人は外部から招聘したアーティスト。外部アーティストの方は、自由に浦安をリサーチして、自身の活動をベースに浦安と何ができるか、という視点で単年度のプロジェクトに取り組みます。藝大教員側は、僕と建築学科の樫村芙実さん。僕たちは、3年間継続して関わっていくので、浦安市側からそれぞれに「地域課題」に関するテーマが与えられました。

 僕に与えられたテーマは「高齢化と孤立」、樫村さんは「防災と水害」です。浦安市は埋め立て地で、分譲住宅がたくさん建てられた当時一斉に入居した人たちの高齢化が進んでいます。そういった地域課題にアートでどうアプローチできるか。僕はもともと浦安市の課題について実感がなかったので、まずはリサーチから始めています。

参加アーティストの「ビオトープ(BIOTOPE)」がデザインしたリーフレット

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浦安市との共同の取り組みというのはどのようにして始まったんですか?

西尾:浦安市と藝大の関係の中で生まれました。藝大の学長に日比野さんが就任されたことで、今、社会との連携を藝大として推進する動きが加速しています。浦安市長さんは芸術がお好きな方で、越後妻有のように各地でアートが機能している事例を見てこられている。浦安が持つ課題に対してアートの力で向き合いたい、という市長の思いと、藝大の状況がマッチしたことで連携に至り、ニシナリヨシオの取り組みなどを知っている日比野さんや藝大のスタッフが僕をこの担当者に選んだのかなと。

「高齢化と孤立」というテーマを受けて、まず率直にどう思いましたか?

西尾:「高齢化を解決するためにアートで何かをやる」というのは、多分不可能というか。それを目的にすると、いずれにせよ面白いことにはならないだろうなと思いました。でも、高齢者であろうが若い人であろうが、服は着ているし、若い人だってどんどん歳を取っていくんだから、実は同じ問題なんじゃないかなと。服のあり方を変えたら、僕たちと高齢者の方達とのコミュニケーションも変わるかもしれない。高齢者の方たちも生き生きするかもしれない。そういう可能性にかけて、「拡張するファッション」を実践していきたいと考えています。

:振り返ると、私がまだ資生堂の社員で、福原義春さんが社長だった時に、「サクセスフルエイジング」というテーマのフォーラムを毎年有楽町で開催していました。当時私はまだ20代で、当然ですけど、どうやって加齢をしていくかについて実感がない。でも、特に女性の場合は、どうしても「若さ」というものが、メディアでもすごく重視されていて。じゃあ、若くないとどうなるのか?ということに関して、何も情報がないなと感じていました。そういうことについてはずっと考えていて、興味を持っていたんです。

今回の取り組みはまさに、「加齢」を自分ごと化するための新たな視点を得る機会になりそうです。

:拡張するファッションという概念自体は元々、ファッション雑誌などが良い例ですが、年齢でセグメントするファッションに違和感をずっと持っていたから生まれたもので。とてもいい機会というか、アートプロジェクトならではの批評的な視点を作品に込めることができそうで、意味のあることができそうだと感じています。キュレーターという立場からも、この考えに共鳴してくださりそうな作家さんはすぐに思い浮かびました。

他者との対話を生む「アートプロジェクト」

林さんは、西尾さんのアートプロジェクトの取り組みに関してどのようなお考えをお持ちですか?

:拡張展の時がまさにそうですが、西尾さんの取り組みは先駆的だなと感じました。西尾さんの「FORM ON WORDS」というコレクティブとパスカル・ガテン(Pascale Gatzen)が、市民参加型のアートプロジェクトを実践されていたわけですが、アートの枠にファッションを持ち込んだ、新しい表現方法だったなと。“ホルマリン漬けの牛”を発表したダミアン・ハースト(Damien Hirst)やジェフ・クーンズ(Jeff Koons)のようなインパクトの強い作品を作る作家がポップスターのように扱われていた1990年代初期は、鑑賞者がそれを一方的に見てただ“感心する行為”がアートだと受け止められていたように感じます。一方で同じ時期にアートプロジェクトや市民参加型というアートの取り組みが興りはじめました。2000年以降はパリへの出張が減ったので、日本のアートシーンを中心に見るようになりましたが、そこで出会った西尾さんは学生時代から服飾と一般の人とアートを関係づけるという研究と作品づくりをされていたので、とても印象に残っています。

ファッションはどのようにしてアートプロジェクトに組み込まれることで機能したのでしょうか?

:パスカルは、水戸芸術館のギャラリースタッフたちと制服作りのワークショップを行いました。そこでは、服作り未経験のスタッフたちが、今まで見てきた展覧館への思いや好きな作家といった「自身と水戸芸術館との歴史」を紐解きながら一人一人が違った制服を制作しました。それは、消費的、記号的なファッションや制服ではなく、クリエイティビティの発露やコミュニケーションのツールとして、誰もが着る物に個性を出し、想いを込めていいのだという気づきを与えてくれるものでした。

 西尾さんの「FORM ON WORDS」では、いくつかの参加型ワークショップを通して段階的に服について捉え直しました。まずは、市民から古着とそれにまつわる思い出を募集して展示を行い、次に古着とともに寄せられた思い出の中からキーワードを抽出する。ワークショップで地域の子どもたちなど一般の参加者とともにデザイン画を作成して、それを元に新しく洋服を制作し、会期の後半にかけて展示する、という4つの段階に分かれた作品でした。そこで作られた新しい服は「ジャングルジム広場」という場所に展示されて、遊びながら鑑賞者が自由に試着することができ、一般の方がモデルになれるショーも行いました。西尾さんに限らず様々な作家たちがインターディシプリンに、領域拡張的に後続の作家たちへ影響を与えていると思いますが、西尾さんの場合「ファッションに遊びを取り入れていいんだ」「ファッションに遊びを取り入れるべきなんだ」という考えが、当時の時代性を踏まえると特に若い作家たちにとって大きなステートメントになったと思います。1995年に「スマート(smart)」が創刊されて、だんだんと裏原ファッションのようなものが日本で勢いを増してきました。その勢いの中で、ブランド同士のコラボレーションが頻発するなど、加速度的にファッションが記号化されていった。印象的だったのは、それ以降出会った1990年以降生まれの作家たちが、どうやってその「消費のあり方から脱却するか」と必死にもがいていたことです。私の世代は、もうちょっとぼんやりというか、ただファッションで夢を見ていたという感じでしたが、彼らにとってファッションメディアは、脅迫的に消費を促してくるような存在だったのだと、理解させてくれる機会になりました。

2000年には、米コンデナスト社の「スタイルドットコム(Style.com、現在のVOGUE RUNWAY)」が始まって、Web上でもファッションショーが配信されるようになったのも大きな転換期でした。

:それ以前は、「パリコレは聖地なんだから、限られた人にしか見せちゃいけないんじゃないか」という空気もありましたが、ショーの一般化を主導し、配信を始めたのは米国ヴォーグ、つまりアナ・ウィンター(Anna Wintour)でした。そこから先は、「シャネル(CHANEL)」であっても全部公開するのが当たり前になりましたね。そうして“聖地”がどんどんなくなって、誰もが観れるテレビチャンネルのようにファッションショーの在り方も変わっていった。そうなると「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」やシャネルを実際に買わないとファッション好きを公言できないんじゃないか、と考えた若い人が高額なものを無理してたくさん購入し、それを転売するのが当たり前になってくる。私たちの時代と比べると「メルカリ」といった二次流通の手段も豊富になり、情報と消費の環境が劇的に変化しています。「ファッション好きだけど苦しい」という思いの中にいた人たちにとって、西尾さんが提示した「ファッションを遊ぶ」という提案は一つの大きなインパクトだったのではないでしょうか。もちろん、インパクトを与えたものはそれだけではないのですが、象徴的に説明するとそのように言える気がします。

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西尾:ありがとうございます。美術界ではロザリンド・クラウス(Rosalind E. Krauss)という人が「拡張された場における彫刻」と言ったことで多くの人たちが影響を受け、実際にアートが社会の中に出ていくような動きを「expanded field」と呼んだりもします。最近だと「拡張された場における映像実験プロジェクト」という共同研究がありました。それは文字通り「映像が拡張されている」という意味で、美術家が制作する映像作品と人類学者が撮影した映像人類学の映像記録が表現として交わる部分があり、その両者がどのように対話をすることができるか、そのような新しい知見を提案できるか、といった共同研究でした。「拡張する」という考え方は、他の分野や他人と出会っていくための技法でもあると思うんです。央子さんはパリコレ取材などを通して「ファッション」という基盤をお持ちで、そこから「拡張された場におけるファッション」という方向性で拡げてこられています。一方僕は、外国の方、子ども、高齢の方、など「人」を起点に活動してきました。それがこうして今ここでまた新たに交わっている現状も両者の領域の拡張だと思います。「拡張された場」におけるファッションには際限がありません。人がいる限りなんでもあり得る話なので、今回は高齢化ですが、何とファッションが出会っていくか、拡張された先にファッションがどんなテーマと出会うか、本当にいくらでも拡がりがあると思います。

:ファッションスクールや業界の中で、アートプロジェクトという一種の非常にクリティカルな流れに興味を持つ人は、アートやファッションを「消費したい人」と比べると圧倒的に少ないかもしれない。でも、どんなに少なくても世界中にいて、手を繋ぎたがっている。そこを見て育てていきたいと私自身は考えています。私自身が前の世代の背中を見てきたし、西尾さんたちの世代の活動が下の世代に影響を与えているのがわかります。それこそ、メルボルンやロンドンの美大で実験的なファッション教育の要職に就いている方たちからも反響をいただきました。ボールがちゃんと受け止められ、次にまた繋がっているという流れが実感としてあるんです。

情報格差が「孤立化」に繋がっているようにも感じます。「拡張するファッション」が出版されてから10年ほど経ちますが、社会や業界の変化をどう見ていますか?

:ファッションの領域は、1990年代と比べるどんどん拡がっています。セレブリティなどが消費に影響を与えており、この勢いは多分、止まらないと思うんです。でも、その流れがある中で「服はその人の個性を活かすものであり、その人自身より目立つべきものではない」という考え方を持ち、あらゆる人に開かれたプレゼンテーションを目指す「ブレス(BLESS)」が売れています。どうしても、人って考えないでは生きていられない生き物だと私は思っています。だからこそ、消費が目まぐるしい環境の中でも、一度立ち止まって再考する。「これでいいのかな」と疑問に思う人は一定数必ずどの世代もいるんだと、長年やっていて思うんです。

ファッション教育のオルタナティブな実践を

海外の教育現場や教育者との交流を通じて、日本のファッション教育へ感じた課題はありますか?

:イギリスには、キャロライン・エバンス(Caroline Evans)という、素晴らしいファッションスカラーがいます。彼女は特にアバンギャルドな領域を理論化された方で、1990年代にセントマを卒業したアレキサンダー・マックイーン(Alexander McQueen)やフセイン・チャラヤン(Hussein Chalayan)などを中心に歴史化しています。でもその歴史の中からスーザン・チャンチオロ(Susan Cianciolo)や「ブレス」は抜け落ちているんですが。

 ニューヨーク州立ファッション工科大学(Fashion Institute of Technology 、以下FIT)の川村由仁夜教授も、グローバルな視点からファッションの産業を分析されています。彼女は、ニューヨークもヨーロッパもアジアも全ての市場を見た上で、パリコレの位置付けや、ファッションを歴代の理論家たちがどのように社会学など様々な学問の中で位置付けてきたかを俯瞰して捉えている。その上で、例えばゴスロリや、スニーカーブームといった日本のトレンドや新興のムーブメントを論じてらっしゃいます。こうした、世界を見た上での「日本ならではの視点」が日本のファッション教育や批評の現場からは抜け落ちてないか、と疑問に思うことがあります。ヨーロッパの美大がすごいという意見もある反面、そのクリエイティブ教育への批判もあります。美大のファッション科の教育を受けた人だけが服を作っていけるのか?というとそうでもないかなと。一方、日本にだって、そういった“権威”的なところを一切経由せず、既存の枠にとらわれない発想で活動されている「途中でやめる」の山下さんのような方もいますから。

しかし、今でも日本でファッションを学ぶ学生は少なからず海外への引け目がありそうです。

:日本の教育は、「西洋のファッションに近づきたい」とか、「西洋が正しいから、それを勉強しよう」みたいな態度が一貫してあったように受け止めています。実際に、日本人の女の子がモデルになった写真は、日本のファッション誌の編集者たちがファッション写真と認めない、というようなことを、1990年代に私も何度も経験しました。でも今は、そういうことが30年前と比べれば随分減った気がします。日本の立ち位置を下に置いて、洋装の世界を仰ぎ見なくても、日本だからこそ自由にファッションに対する発想を持つことができるはず。

 歴史上においては、日本の大衆美術は西洋美術史に強い影響力を持ちました。一般大衆のための美術として普及した北斎の版画が階級社会の中で絵を描いていたパリの美術家たちに影響を与えたのです。日本という視点に立つことで得るアドバンテージが必ずあるはず。ファッション教育に対しても、別に選民意識みたいなことではなくて、自分たちがやってきていることもファッションなんだ、欧米にインパクトを与えている側面もある、と考えていいと思うんです。「自分たちは勝手に遊んでみよう」と意欲を示すことができる、身近なツールがファッションじゃないかなと。それこそマルタン・マルジェラ(Martin Margiela)は、1990年代の日本人のファンの購買力が支えていた、ということだって歴史上の一つの立派なインパクトなんですから。

「浦安藝大」は藝大の教育を社会に広く開放するという目的もありますね。同時に“藝大ではまだできないこと”の実践でもあるのでしょうか。

西尾:ご存知の通り藝大にはファッション科がありませんし、日本では、技術的なことを中心に教える専門学校がすごく強いです。拡張するファッション演習は、大学の授業でありながら、学外のものとして「拡大ゼミ」のような形で浦安市で実施しますが、学内でのカリキュラムも用意しています。「オルタナティブな実践が結果的に面白かった」みたいな話ってよくあることで、まずは形からでも実践してみようと。これを機に正規のファッション科を作ろうとまでは考えていませんが、実験的に挑戦できる機会を活用し、学生にとってもチャンスになればと思います。

今回の「拡張するファッション演習」という取り組みで同書の名前を引用された理由は?

西尾:藝大の中でファッションに関する何かしらの授業を作りたいとずっと考えていて、その授業のイメージとぴったりだったのが央子さんの「拡張するファッション」というコンセプトでした。もともとその直前に央子さんと安齋さんから共同研究のご提案もいただいていたこともあったので。

:安齋さんは元々精神医学とファッションをテーマに衣服と身体の研究をされていて、現在は「衣服への触覚的な欲望」と「ケアとしての衣服」の観点から、オルタナティブなファッション研究の可能性を模索されている方です。研究者の仕事は基本的に孤独なのですが、安齋さんは1人での研究に限界を感じていられて、一方私はまだ研究の世界に飛び込んだばかりなのでわからないことだらけなので、昨年からよく2人で対話をしていました。その中で共同研究に関しても話が挙がり、西尾さんとの共同研究をご提案しました。残念ながら共同研究自体は結実しなかったのですが、西尾さんには可能性を感じていただいてこの取り組みに2人で参画させていただくことになりました。

西尾:3人で検討していた共同研究の内容も、個人的には「拡張するファッション」の概念の延長にあるものでした。展覧会という形で展開した同書の次のステップとして「演習」という形はすごく自然だと考えていて、学生も市民もお互いが考え方を共有し、それぞれが実践していくという、ある種の人材育成のような考え方で進めていく予定です。浦安藝大の中の「拡張するファッション演習」という取り組みを3年間のプロジェクトにするということ自体が、浦安藝大という地域を舞台にしたアートプロジェクトという小さな芸術祭において、新たな提案になるのではないかなと。

 一般的な参加型の作品は、作家以外の作り手が加わって作られた作品やプロジェクトの名前を大きく打ち出し、それを鑑賞者は通常通り鑑賞します。それでは拡張されるのは作り手の体験内容のみです。どうしても、作り手と鑑賞者が分かれているという構造は避けられませんが、演習自体をプロジェクトにすることで、鑑賞者に対しても「参加して、学び合っていこう」という呼びかけにしたいと考えています。

ファッションは何ができるか

具体的に「高齢化と孤立」というテーマに対して、何か見えてきたものはありますか?

西尾:リサーチの中で気がついたことが2つあります。1つ目は、町の環境。高齢化が特に進んでいる中町エリアの風景には、都市の余白がないんです。1階にお店が入っていない分譲マンションばかりで、本当にただ住むためだけの場所のように感じました。買い物は、みんな駅前のイオンに行くんだろうな、という町の作り。これでは交流も生まれないだろうなと思いながら市内を巡っていたら、そもそも町中に施設が少ないのに、美容院や美容理髪店だけがやたらと多いエリアを見つけました。どうやら、そこが高齢者の方達の交流の場になっているようなんです。何歳になっても、髪の毛を手入れするのは必要なことで、しかも自分ではなかなかできないから、幾つになっても出向くし、身なりを整えたいという気持ちは年代問わず共通なことに気がつきました。そこで、美容院を舞台に高齢者の方だけでなく、利用客以外の市民の方々と出会える場づくりを計画しました。このほかにもデザイナーさんをお呼びして行うワークショップでは様々なテーマを設けて、手を動かしながら市民の方と交流します。当事者たちと顔が見える関係になることで、浦安市の高齢化って何が問題なのか、浦安ってどんな場所なのかを知っていくことができるのかなと。ここで得たものを来年以降に活かしていこうと思います。

 2つ目は、見落とされているかもしれない分断。取り組みを始めて、最初に視察に連れて行ってもらったのは、60歳以上の浦安市民のための「Uセンター」という施設でした。そこは、囲碁やビリヤード、社交ダンスができたり、銭湯があったりして、巡回バスで行き来ができる天国みたいな場所なんです。それは行政ができる1つの施策だと思う一方で、来れる人と来れない人の分断があります。身体的な問題はもちろん、精神的にそういう場所が苦手で訪れられない人もいるでしょう。そういう人にどう接していくのかも孤立の問題に関わってくる部分なので、難しいとは思うのですが、1人でも多く出会って関われたら意義のあるものになるのだろうと思います。また、調べていくと、介護福祉士の傍ら浦安市を拠点にものづくりで活躍されてる方がいらっしゃったりして。浦安市で高齢者と関わりながらものづくりをしている人との接点から取り組みが広がる可能性も感じています。

:私は書籍編集においても何においてもまずは「対話」を生むことを重視しています。しかし、対話というものは一朝一夕でできることではありませんし、行政の施策という点において、勝手に高齢者の方を訪問するわけにもいきません。なので、ご提案している各プログラムでは、体験人数は限定しても参加者としっかりとコミュニケーションをとり、一緒に手を動かしたり楽しむことで3年間の対話の足掛かりになるような内容を目指しています。そうした体験を機に「ファッション」の概念を広げることができればと。

 また、私が生涯をかけて考えているテーマの1つには、西尾さんがおっしゃったように、例えば「家を出られない方」に対してファッションは何ができるか、ということがあります。ファッションは、原宿や渋谷、新宿、銀座のような繁華街へ繰り出せる人たちだけのものではないはずだ、とずっと思っているんです。特に、「高齢」という言葉は広義で、80代でも現役で非常にお元気な方もいれば身体機能が衰えている方もいる。つまり、1つの提案で全部をカバーできるとはとても思えないわけです。浦安市には、旧市街と新興住宅街の両方があって、どちらに向けて企画するのかで全然内容が異なってくる。でもファッションという大きな枠とアートプロジェクトという形式であれば、その限定を崩せるのではないかと考えプログラムを組んでいます。

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10月から実際に取り組みを開始されていますが、手応えはありますか?

西尾:アートプロジェクトというものの成果は事後的に評価されていくものだと思っていて、「浦安と藝大が組む」と聞いただけで注目を得ることはあり得ないと思っています。でも、その割には市外からも来てくださる方がいたりと、興味を持っていただけている実感があります。たとえば、今知名度の高い越後妻有の取り組みも蓄積あってのもの。このプロジェクトの3ヵ年計画が終わる頃には話題になり、浦安に行ってみたいと思っていただけている状態が理想です。そのためには、行政との対話も重要になってきます。現在はいかに浦安市民が参加する取り組みになるかという点を行政の方と議論しながら進めていますが、ゆくゆくは内輪の取り組みではなく、しっかりと外部の方から見ても魅力的であるという視点を大事にしていきたいです。

「孤立」は高齢者だけのものではない 若者が抱える「精神的孤立」

誰もが歳を取るのだから同じ問題、というお話もありましたが、取り組みに若年層も巻き込んでいくために考えていることはありますか?

西尾:今、東京ビエンナーレのプロジェクトで、関東大震災からちょうど100年ということで、100年分の服を集めているんですが、大事に着続けられた服や誰かの形見って「家族の歴史そのもの」だなと思うんです。一方で、今学生に教えていてすごく痛感するのは、家族的紐帯を敵手嫌悪する学生も多いということ。「家族」という、所謂温かみのある関係性に、嫌悪感というか強い抵抗を示してるなと感じます。もしその感覚が世代全体のムードなのだとしたら、僕が今やっているようなプロジェクトは、100年後にはきっと実現できないでしょう。「家族が継承した服」という価値観がなくなってしまうし、それこそ転売がよりメジャーになったら「思い出と共に残っていくもの」はなくなるのかもしれません。人間って最初に着る服は親から着させられるわけで、「服」と「家族」って、どうしても切っても切り離せないと思うんです。だからこそ、いろんなテーマと繋がりうるものだとも思っています。

家族を嫌悪するのと同様の理由で、若年層の中には「高齢化」に対して、広く未来に対しての恐怖や嫌悪感、諦念に近い感情もある気がします。

西尾:個人的な体験として、ケニアの全く知らない町に滞在してワークショップを行ったことがあります。そこでは、それまでの自分の常識が全て覆されて、「滞在」そのものがアート的な体験でした。もしかするとあれは、どんな作品を見るよりも自分の価値観に影響を与えたかもしれない。今の若い人たちって、多分逆というか、分かり合える人と分かり合って、狭い世界で繋がり合っている状態な気がする。だとしたら、「自分とは違う人」とリアルに出会っていくことが1番の気づきになるんじゃないかなと。今回のような取り組みの中で、出会うはずがなかった人と偶然出会って喋ることから、何か気づきを得るような。そういうことに賭けるしかないと僕は考えています。

:私はおばあちゃんとかにインスピレーションを得る人が結構増えていくのかなと思っていて。セントマで、若い友人ができたんですけど、スマホでコミュニケーションして遊ぶ約束をしても、当日に急に返事が来ないとかが平気で起きるんですが、本人は全然悪気がないんです。「私たちの世代はそういうことありがちで」って話をされたりしました。それって相当深刻だなと思うわけです。そんなふうに関係が希薄な環境の中で育った人って、もしかしたら、子どもの頃の祖父母との思い出といったような、スマホが入り込む余地のない関係性が逆に一つの安全地帯になっているんじゃないかなと。

人間関係の希薄さは、セントマに限らず日本の学生にも通じる世代的特徴な気がします。

西尾:確かに、メンタルが弱い人たちが増えてるんだなとはかなり感じます。いろんな要因が重なっているんでしょうが、それが孤立に繋がるんだと思います。特にものづくりに関わる学生たちは感受性が豊かで繊細なのでより明確に発露してしまうのかな。

「孤立」という問題を拡張すると、高齢者やその介護者に限らない広がりや可能性を感じました。

:私が30代で資生堂を辞めるくらいの頃、1960年代にパリコレに初めて行った日本人世代の方たちが一気に定年退職のご年齢になっていました。資生堂に限らず、高島屋や東武デパートなどの大手企業の要職にいた方たちの定年後のポストの一つに、高齢者や、障がいのある方たち向けのユニバーサルファッションアドバイザーみたいなものがありました。でもそれは、実際は若い人から切り離された介護用品みたいな感じで。もちろんそういったものも必要なんですが、もっと地続きに歳と服を積み上げていけないのかなと思っていました。ニューヨークでは1980年代に「ウェルネス」という言葉が流行ったんです。心身ともに健康に生きるみたいな研究テーマが流行って、リサ・ライオン(Lisa Lyon)のボディビルをロバート・メイプルソープ(Robert Mapplethorpe)が撮ったり。

西尾:ウェルビーイングの先駆けのような。

:そうですね。その概念を私に教えてくれた先輩の方々は、先に話した資生堂の「サクセスフルエイジング」に関しての記事を花椿で取り扱う時にもアイデアをくださいました。当時は、ユニバーサルファッションの世界でも高齢者化社会問題が深刻化し始め、重要な課題として受け止められ始めた初期の動きの1つでしたが、その頃はまだ若者文化と高齢化が切り離された別世界のものでした。けれど今は、例えば「福祉」と「アート」が隔離してるものではなくて、もう少し、みんなの世界と繋がってる中で、福祉をアートから捉え直そうという動きもできてきています。色々な歴史が少しずつ繋がって、少しずつ地続きになりつつあるのかもしれません。今回の取り組みひとつひとつも歴史の中で重要な出来事として位置付けられるものにしていきたいですね。

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◾️浦安藝大:公式サイト

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左から)西尾美也氏、林央子氏

IMAGE by: FASHIONSNAP

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