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【連載】老人ストリートスナップ:Not Plastic Fashion 「#5 O型の人」

写真家YUTARO SAITOのスナップ連載

【連載】老人ストリートスナップ:Not Plastic Fashion 「#5 O型の人」

写真家YUTARO SAITOのスナップ連載

 真に個性的なファッションとは、本来、自分自身にベクトルが向いたものではないだろうか。しかし近年は、流行、憧憬、価値などのように、記号的で「他者にベクトルが向いたファッション」=「プラスチック・ファッション」が一般化しつつある。そんな中、「自分の生活しやすい服」「趣味を通じた服」を好む傾向が強く、パーソナリティやライフスタイルと地続きである老人(おじいちゃん)のセルフスタイリングにこそ、本来の“ファッション”は見出せるのではないか。被写体へ実際にインタビューを行うことで、おじいちゃんファッションの背景、ひいては本当のファッションを写真家YUTARO SAITOと探求する連載「ノット・プラスチック・ファッション」。第五回は「O型の人」。

プラスチック・ファッション(Plastic Fashion):写真家のYUTARO SAITOが昨今のモードを表した造語。SNSの発達とメディア構造の変化により、洋服の物質的な消費よりも、記号的な消費が加速する現状を、ロゴやキャッチコピー、ビビッドで目を引くカラーリングなどのラベリングを行ない、ドラッグストアに並べられるプラスチック製商品になぞらえている。プラスチックファッションを選択する人々の意識は、「他者へのベクトル」が強い傾向にあるとしている。

ノット・プラスチック・ファッション(Not Plastic Fashion):プラスチックファッションの対義語。「自己にベクトルが向いたファッション」を指す。斉藤は、ノット・プラスチック・ファッションの例えとして、「自分の生活しやすい服」「趣味を通じた服」を好む傾向が強く、パーソナリティやライフスタイルと地続きである70代〜80代の老人のセルフスタイリングを挙げる。

「70歳〜80歳のおじいちゃんたちは似合っている、似合っていないという視覚的な要素を超越した段階にいる。ファッションの『見る/見られる』という関係性から遠く離れた彼らは、選ぶ段階での意思が強く反映された極めて機能的な服を無意識にまとっているのだ」ーYUTARO SAITO

(文・写真:YUTARO SAITO)

 2024年4月1日。昼前に起床して、眠気覚ましにベランダの窓を大きく開ける。12階のマンションから見える曇天の街並みは、ヴォルフガング・ティルマンスの撮る写真のようにひどく灰色で、春先の柔らかな太陽は雲の内に身を隠していた。少し肌寒さを感じた私は、洗ったばかりの青いギンガムチェックのシャツを着て家を出た。爽やかな青色の生地と大きなギンガム柄は幾分ポップで、曇天の空が恥ずかしかった。

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 この日は気分転換に、あまり行ったことのない街へ行こうと思い、40分かけて北千住に赴いた。たぶん1年ぶりくらいに降り立つ土地に、ひどく高揚し、サロモン(SALOMON)のSPEED CROSS 4で商店街、飲み屋街など至る所を練り歩いた。練り歩く道中、何枚か写真を撮ってみたが、曇天の空の下で撮る写真はみなのっぺりとした低コントラストなもので、そんな写真を見るたびに、持ち合わせの高揚感も忽ち消尽していった。

 1万歩ほど歩き、感情も体力も使い果たして、商店街のベンチでぐったりしていると、目の前の銀行から一人のおじいさんが出てきた。おじいさんは、真っ青なジャケットとズボンに身を包んでいる。真っ青といってもスカッとする爽快な青色ではなくて、今日のような曇天に混ざり合う、鈍い青色だ。少し肌寒い気温に似つかわず、足元には「クロックス(Crocs)」を履いていて、キャップからはみ出た髪の毛は無精に散らかっている。クールとインタレスティングとストレンジな感情が、ちょうど1/3の配合で混ざり合って生まれた好奇心は、疲労困憊の体を自然とベンチから立ち上がらせていた。

YT:すみません、僕カメラマンをしていて。年配の方のファッションをテーマに写真を撮っているんですが、よかったら撮らせてもらえないですか?

O型の人:え、ああ。びっくりしたあー。写真?こんなんでいいの?

YT:色合いとか、めっちゃっかっこいいです!

 話を聞いてみると、70代だというこのおじいさん。大阪出身で、一旗揚げようと二十歳で上京したらしい。様々な仕事を経て、現在は団地で年金暮らしをしている。女房に逃げられ、一人で暮らしているそうで、今日は病院の定期健診帰りとのことだった。シルバーパスを持っているが天邪鬼な性格なため、バスは使わず歩いて帰る途中であった。

YT:このジャケットとデニムは古着ですか?

O型の人:古着は買わないね。何か、前の持ち主の色々が詰まっているでしょう。汚れとかではなく、記憶っていうのかな。例えばその人が交通事故に遭って──。

 要するに、顔も名前も知らない赤の他人である、前の持ち主の残留思念のようなものであったり、その洋服が内包している得体の知れない過去のストーリーに触れる感じがして、どうも古着は苦手らしい。実にユンゲラーみを感じる話だが、確かにそういう目線を持ってみると、おしゃれな古着屋のラックに掛かった身元不詳の洋服たちは、不気味な様相を呈する。ちなみにジャケットは新品で買って、もう30年は着ているらしい。デニムは息子にもらったという。

YT:シャツも新品ですか?

O型の人:そうやね。どこで買ったかは覚えていないけど、もう10年くらい着ているかな。ヨレヨレやけど、最低限身なりは気にしておるよ。シャツのボタンは全部留めたり。頭も剥げて散らかっているからキャップ被ったり(笑)。

 そう言い終えると、おじいさんは少し視線を移動させて僕の服を見た。ボタン全開のシャツの下から、くたくたにへたった「ヘインズ(Hanes)」のパックTシャツを見せびらかす僕のスタイリングを見て、こう言った。

O型の人「今の若い人は、そうやってシャツも開けっぴろげで自由に着ているね。僕の時はそういうのはできなかった。みすぼらしいと思っていたからね。

 おじいさんにとってのインナー(隠すべきモノ)は僕にとってのアウター(見せびらかすモノ)なのである。見せてはいけないモノ、それをどこまで見せられるかのチキンレース。そのスリルと欲望が新たなファッションを開拓する原動力なのだ。

 このチキンレースは昼夜問わず繰り広げられ、今やブラジャーやパンツ、お腹に生えるギャランドゥだって立派なアウターだ。近い将来、ゴールテープを切るのは全裸の男女だろうか。

YT:あと、クロックス。今日寒くないですか?雨も降るみたいですし。

O型の人:ああ、これはね、履きたくて履いている訳ではなくてね。

 変形性膝関節症という病気は、特に歩行時に膝の痛みが発生するらしい。おじいさんの場合、その痛みは足先にも及び、革靴やスニーカーを履くと痛みが増すので、幅広でゆとりのあるクロックスを履いているのだった。今日はその診察で大学病院に行っていたらしい。確かに歩き方が少しぎこちなかった。

 以前も足の病気で、真冬にもかかわらずクロックスを履いたおじいちゃんに出会ったことがある(参照:#2-3 クロックスしか履けない人)。クロックスのように足元を締め付けない構造のサンダルは、ソフトなゴムの質感も相まって、ケアとの親和性があるのかもしれない。

 「バレンシアガ(BALENCIAGA)」のようにファッションに全振りすることもあれば、このおじいさんのようにケアの役割も果たす。何とまあ懐が深いのだろう、クロックスは。

 写真を撮り終え、お礼を言って、その場を去ろうとしたところ、おじいさんが食い気味に言う。

O型の人:ところで、あなたO型でしょう?

YT:え?はい。何でですか?

O型の人:O型の人っていうのは青色が好きなんですよ。昔、営業をしていてね。血液型とか服の色とかでお客さんがどういう人間か分かるんですわ。

YT:ほんまですか?(でも確かに持っている服ほとんど青色やな……このおっちゃんエスパータイプか?)」

 そう言われると、自分という人間が型はめの知育玩具のようにすっぽりと木箱にはまってしまう気がして、急に小恥ずかしくなった。別れ際に僕のシャツを見つめた青い視線は、帰りの日比谷線まで尾を引いていた。

 後日、僕は自分の遺伝子レベルに組み込まれたファッションルールに抗いたくて、赤色のチェックシャツを購入した。

「まあ、悪くはないね」

 鏡の中の僕は、半ば自分に言い聞かせるように、そう呟いた。

◾️連載目次
#1:宮崎駿みたいな人
#2:ケイスケホンダな人
#3:防衛省の人
#4:元役員の人
#5:O型の人
#6:新作(5月末に公開予定)

YUTARO SAITO
写真家。1994年生まれ。ファッションと消費文化をテーマに写真作品を制作。2021年11月「20’s STREET STYLE JOURNAL」を出版した。公式インスタグラム

(企画・編集:古堅明日香)

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