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【連載】老人ストリートスナップ:Not Plastic Fashion 「#3 防衛省の人」

写真家YUTARO SAITOのスナップ連載

【連載】老人ストリートスナップ:Not Plastic Fashion 「#3 防衛省の人」

写真家YUTARO SAITOのスナップ連載

 真に個性的なファッションとは、本来、自分自身にベクトルが向いたものではないだろうか。しかし近年は、流行、憧憬、価値などのように、記号的で「他者にベクトルが向いたファッション」=「プラスチック・ファッション」が一般化しつつある。そんな中、「自分の生活しやすい服」「趣味を通じた服」を好む傾向が強く、パーソナリティやライフスタイルと地続きである老人(おじいちゃん)のセルフスタイリングにこそ、本来の“ファッション”は見出せるのではないか。被写体へ実際にインタビューを行うことで、おじいちゃんファッションの背景、ひいては本当のファッションを写真家YUTARO SAITOと探求する連載「ノット・プラスチック・ファッション」。第三回は「防衛省の人」。

プラスチック・ファッション(Plastic Fashion):写真家のYUTARO SAITOが昨今のモードを表した造語。SNSの発達とメディア構造の変化により、洋服の物質的な消費よりも、記号的な消費が加速する現状を、ロゴやキャッチコピー、ビビッドで目を引くカラーリングなどのラベリングを行ない、ドラッグストアに並べられるプラスチック製商品になぞらえている。プラスチックファッションを選択する人々の意識は、「他者へのベクトル」が強い傾向にあるとしている。

ノット・プラスチック・ファッション(Not Plastic Fashion):プラスチックファッションの対義語。「自己にベクトルが向いたファッション」を指す。斉藤は、ノット・プラスチック・ファッションの例えとして、「自分の生活しやすい服」「趣味を通じた服」を好む傾向が強く、パーソナリティやライフスタイルと地続きである70代〜80代の老人のセルフスタイリングを挙げる。

「70歳〜80歳のおじいちゃんたちは似合っている、似合っていないという視覚的な要素を超越した段階にいる。ファッションの『見る/見られる』という関係性から遠く離れた彼らは、選ぶ段階での意思が強く反映された極めて機能的な服を無意識にまとっているのだ」ーYUTARO SAITO

(文・写真:YUTARO SAITO)
※YUTARO SAITOのnote公開記事を再掲

 2022年5月4日水曜日、ゴールデンウィークの中日。思わず外に出かけたくなるほどの快晴だった。ゴールデンウィーク真っ只中の世間の御多分に洩れず私も起き抜けに家を飛び抜け街に繰り出した。行き着いた先は巣鴨。巣鴨といえば地蔵通り商店街が有名で、数百メートルある通りには甘味処、衣料品店、定食屋、スーパーなど所狭しと並び地元の年配の人々を中心に多くの人で賑わっている。そして、5月4日、この日はそんな商店街が更なる熱気に包まれる日なのだ。

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 毎月4のつく日、ここ巣鴨地蔵通り商店街では縁日が開催される。縁日になると普段のお店に加え、通りには多くの露店が出現する。老舗のお菓子、お香、個人の不用品などあらゆるものが売買され、その雑多な様相はまるで香港の廟街夜市を彷彿とさせる。縁日の喧騒の中、私はカメラ片手にスイスイと人混みをかき分け通りを何往復もしていた。目線の先には人々のファッションだ。イヤホンからはACE COOLの「27」が流れている。奇しくもACE COOLがこの曲を書いた時と同じ27歳。彼の内省的なリリックが自分を奮い立たせる。私には今ここで縁日の熱気に包まれカステラを頬張る時間はない。写真を撮らなければ。目の前に広がる熱気と耳元から聞こえるクールな音楽の落差に少しセンチメンタルになりつつ通りの終わりにさしかかった。通りの終わりの熱気の静けさがまるでディズニーランド帰りの自宅のようであった。徐々に熱気とセンチメンタルの両翼の感情から解放され冷静になった私は通りに目を向けた。すると、自分以外いないように見えた通りの中にクールなファッションのおじいちゃんを一人発見した。綺麗なジャケットスタイルで胸元には水色のハンカチーフを挿していながら、頭には大きく「防衛省」と書かれた癖の強いキャップを被っている。そのギャップに惹かれおじいちゃんに声をかけてみた。縁日の高揚感がおじいちゃんの警戒心を緩くしたのか快く了承してくれた。

YT:この防衛省の帽子、むっちゃかっこいいですね!防衛省で働かれていたんですか?

防衛省の人:倅(せがれ)が防衛省で働いていてね。この間、定年退職して、その記念でもらったものなんですよ。ほら。

 おじいさんが見せてくれたキャップの裏には同僚からのものだろうか、メッセージが書かれている。

YT:お子さんが定年ということは、おじいさんは今おいくつくらいなんですか?

防衛省の人:今年で86歳です。

YT:70歳くらいかと思いました、お若いですね。いつもスーツスタイルなんですか?

防衛省の人:いや、普段はほとんど着物ですね。今日はたまたまジャケットですけど。

 普段は和装ということだが、着物の柄合わせのセンスが今日の服装の小物使いにも表れているのかもしれない。ライオンズクラブの会長をしていたということで、身だしなみには気を遣っているのだろう。しかし、上品な小物使いのスーツスタイルにスニーカー&キャップを合わせたスタイリングは、まるでスケーターに「ブルックス ブラザーズ(Brooks Brothers)」のセットアップを提案する「シュプリーム(Supreme)」ようなアナーキズムを感じさせる。

 ポートレートを一枚、キャップの写真を二枚撮らせてもらい、僕はその場をサヨナラした。帰り道、大学生の時友達が所属しているテニスサークルのキャップをもらったことを思い出した。ネイビーの下地にシルバーで「etranger」とサークル名が書かれたメッシュキャップだった。このサークルでは毎年夏合宿の時にTシャツやキャップを作るらしく、これは確か2014年モデルのやつだ。友達の家で宅飲みをした時にノリでもらった。ぼくはこのキャップが好きで大学を卒業してからも被っていた。恐らく僕がテニスサークル「etranger」の一員だったらこのキャップは僕にとって「ファッション」として機能しなかっただろう。etrangerの部員がetrangerのキャップを被っていてもそれは「制服」として自分の所属を規定する機能しか持ち得ない。そしてぼくはこのキャップを「ファッション」として捉えることができなかっただろう。一歩引いたところにいたからこそ、このキャップの持つ意味作用を棚に上げ、ネイビーにシルバーの文字の組み合わせの妙など上部のファッション性のみを抽出して捉えることができたのだ。ぼくはこのおじいちゃんにも同じような感覚を覚えた。

 もしこのおじいちゃんが防衛省のOBだったら恐らくこのキャップを被って外にでることはなかっただろう。「制服」としての職務的な意識が先行し「ファッション」として捉えることができなかったはずだ。フラットな目線だからこそ、このキャップがおじいちゃんのワードローブに組み込まれたのであろうし、自由意志でのチョイスという事実が今日のスタイリングの面白さを際立たせる(もちろん自慢の倅のプレゼントということも強い理由だが)。僕は、このおじいちゃんが防衛省キャップを「ファッション」の一部とし、ストリートファッションとして消費する姿勢にティーンエイジャーのようなアナーキズムを感じた。

◾️連載目次
#1:宮崎駿みたいな人
#2:ケイスケホンダな人
#3:防衛省の人
#4:元役員の人
#5:新作(4月末に公開予定)

YUTARO SAITO
写真家。1994年生まれ。ファッションと消費文化をテーマに写真作品を制作。2021年11月「20’s STREET STYLE JOURNAL」を出版した。
公式インスタグラム

(企画・編集:古堅明日香)

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