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モードノオト2020.10.15

モードノオト2020.10.15

ファッションジャーナリスト
麥田俊一

「9.11」直後のミラノ、パリのコレクションがそうであったように(当時のトム・フォード率いる「グッチ」からして、事前に用意していたコレクションを、使用する筈だった音楽を含め、急遽、癒しのムードに一新して見せた。他ブランドも連動した「癒し」一色に染まった中で、ミウッチャ・プラダの「プラダ」は、キンキンぎらぎらのゴブラン織りを裏表逆に使った服で、強さを前面に押し出した提言を敢行した。打ち沈む世の中に贈るべきエールは、何も癒しの気分だけではないと云うメッセージを、自らの服作りを以て声高らかに放ったのである)、ファッションは世相を映し出す鏡なのだから仕方がないのだろう。今日まで取材した今回の東京のショーは(デザイナーの提言、会場設営含め)、日々のワイドショーとまではいかぬまでも、「新たな日常」を無条件に肯定する気配と、それを後押しする予定調和が見え隠れして、私には少しく面白くない(勿論、気勢を吐いているブランドもあるけれど)。さような憎まれ口を叩くからには、周囲からの謗りなぞ端より気にはしてはいないのだが、個別の事情と反論を懐にするデザイナーも幾人かはいるに違いない。だがそれはそれ、私に臆するところはない。

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先週の日曜日、「ハトラ」の展示会に出向いた。一年振りに長見佳祐と対面してみると、口振りは静かだったが、きちんと端座した姿勢と、その眼差しには、これまで以上に屹度した風が感ぜられた。様々な意味で時節への憂いが影響しているのだと私は確信した。巷間で盲目的に受け容れられている「新たな日常」に思うところがあるのだろう(私もその一人なのだけれど)。屡々「ハトラ」の提言にはハッとさせられる(これは駄洒落ではない)。酒を呑んでいなくとも、番度、五臓六腑に沁み渡る感じが、私には、寧ろ一合の焼酎よりも心強く思うことがある。取材対象と一定の距離を保たねばならぬ立場(近過ぎてはいけない)である筈の私は、時に取材対象と共犯関係を結んでしまうことがある。今回もその悪例だろうか。「自粛生活」とか「新たな日常」と云う標語に、彼も私も異常に反応してしまう。長見の言葉を引いておく。「『新しい日常』には強い反感を覚えます。一人ひとりが重ねてきた物語を漂白してしまうようなメッセージで、作り手として許容し難かった。惑星規模の変化については疑いようもありませんが、それを感じて行動に移すのは、一人ひとりのこれまでの歩みの延長線上にあって欲しいと思います。ですので、ささやかながら人の生活に寄り添うプロダクトを提供する身として、過去からの連なり(前シーズン、或いは立ち上げ当初からの)は欠かさないよう、これまで以上に意識しました」。

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目的を達するためには敢えて手段は選ばない、と云うと、如何にもダーティーガイ(無頼漢)なイメージに聞こえるが、メタルフレームの眼鏡越しに見える両の眼(まなこ)は、恰も悪戯好きな少年のそれに似ていて(ちと出来過ぎな描写だろうか)、繊細だけれど、何処か爬虫類を思わせるヌメッとした強かさ(ちとトゲのある形容だろうか)を持ち合わせた長見のデザイナーとしての資質は、華奢な身体の奥に秘めた蒼白き焔(直向きな情熱)であり、それが絶えず服作りの機関の鑵(かま)を焚き続けているから、徒らに左顧右眄の余地なぞ持たぬ「個」の強靭さがある。云ってみれば、常なる独立独行の姿勢が作り手としての彼の真骨頂なのだ。勿論、服の感度や完成度が舌を巻くほどの水準にあるかと云うと、それは向後の努力次第だが、軸がブレないところは大いに買えるのである。

1987年広島県生まれの長見は2006年に渡仏。2008年、エスモードパリ在学中にFestival de Mode de Dinardにてグランプリを受賞。翌年エスモードパリ・マスターコースを主席にて卒業。2010年に帰国。その後すぐに「ハトラ」を開始している。「部屋」「居心地のいい服」をモットーに、当今のパンデミックを予想していたわけではないだろうが、ポータブルな自室を体現するようなフーディーをメーンとしたユニセックスラインを立ち上げたのである。フーディーと云ったが、要するにパーカである。そう云うと身も蓋もなく聞こえるが、一癖も二癖もあるパーカである。シーズンを重ねる度に、実用主義一辺倒から所謂モードに寄り添った提案に踏み込んできた。ブランドとしては、人間に喩えるなら、丁度歳の頃も思春期の前奏曲を奏でつつある折柄とて、その春的興味(モードに寄り添おうとする色気)も、他ブランドにはあまり見られない、不思議な偏向の一点に凝結し始めている。例えばそれは、ディストピアの幻想であり、工業製品のプロダクトやメカデザインであり、性に纏わる逆説的な言及であり、医療器具(人体改造)へのフェティシズムである。こうした具合に、恰もピアノの鍵盤の一局部のみを攻め叩くように、長見の趣味も情操も一方向にのみ尖鋭化されていくのであるが、同時に、特異なグラデーションを放つ彼の思考は不可思議な放射を続け、尚と拡がりを見せる遊戯的な小宇宙を形成しつつある。要は、いい意味でのオタク気質(学究肌)が彼の真骨頂なのであり、私が彼を「イメージの狩人」と形容する所以はそのあたりにある。

目敏い読者であれば既に気付いているに違いないが、パンデミックはファッションに、人間とテクノロジーとの、これまで以上に密なる対話を迫ろうとしている。当今のデジタル配信もその一例。まさにこの瞬間こそ、たとい離れてはいても、人と人とを繋ぐことが出来るテクノロジーと人間性との橋渡しが極めて意味を持つ瞬間であるし、これが即ちポストパンデミックの有り様なのは否定出来ない事実。人間の創意とテクノロジーとの対話。今回の「ハトラ」で云えば、ジャカードニットを編むマシンと、マシンを稼働させるプログラミングを司る熟練の職人、そして凡てを監修するデザイナーの長見との協調が意味のある服を生み出した。設計図上の色柄は、ジャカード機と云う変換装置を経ると、時に意図した風合いとは異なる柄に仕上がることもある。機械の誤作動とまでは云わないけれど、偶発的に生まれた色柄の妙は(後に長見本人の言葉を引用するけれど)テクノロジーとの真摯な対話が為せる神秘の産物である。

人間の智慧、手の仕事とテクノロジー(例えば、人工知能からジャカード編み機までのマシン)との関わり方について彼は独自の考えを披瀝している。「『遊び』と云う言葉は『戯れ』、或いは『余剰』の意味で用いられますが、まさにその合わせ技でもって、テクノロジーと向き合うべきだと思います。3DやAIと云ったデジタル技術は失敗と云う概念の意味を変え、多様な可能性を示してくれます。資本の論理(効率化、最適化)に因われない技術の遊び方について考え、制作や教育を通して先行事例を作っていけたらと日々思っています」。

前回(2020-21年秋冬)「ハトラ」は鳥の剥製ばかりを収めた写真集に着想を得てコレクションを発表している。その作品群は、ファッションラボSynflux(シンフラックス)との協業で生まれたものだ。長見はこう語っている。「そもそもSynfluxは多様な動物を学習させた、一種のデジタルキメラのようなイメージ作品を作っていました。そこから発展させて『ハトラ』と何が出来るかと考えた時に、古くから異界、或いは宇宙からの使いと考えられてきた『鳥』を題材に、この世に存在しない種をニットの形式へ変換すると云うアイデアへ至りました。コレクション全体もそこから広がったものです」。

hatra 2021年春夏コレクション

Imaged by hatra

hatra 2021年春夏コレクション

Imaged by hatra

今回「ハトラ」は前回の「鳥」のイメージを更新している。「鳥」は、いにしえのクチュリエたちが自由の象徴として崇めてきたイメージでもある。ファッションにはラジカルな速度が必要不可欠な場合もあるが、その反面、時には継続や連動を厭わない覚悟も大切な要素である。「今と半年前が、まったく別世界のように扱われる風潮に、作り手として抗いたかったのです」と云う彼の言葉の何と逞しいことか。「ジャカードニットに関して、やっていることは前季から殆ど変わりません。ただ、テストを重ねる中で、画像からニットの編地データに変換する際の(編み機の)癖であったり、私自身がいいと感じる傾向が摑めるようになりました。画像自体が良くても、編地変換との相性が悪い場合もあるのですね。そう云ったトライ&エラーを活かし、より抽象度の高い『鳥』の4つの図案が出来上がりました。また、身体との関係を更に密接なものにしたいと考え、ワンピース丈のニットを新たに制作しています」と彼は語っている。

hatra 2021年春夏コレクション

Imaged by hatra

hatra 2021年春夏コレクション

Imaged by hatra

世界規模で見ると、新型ウイルス感染の再拡大も騒がれ一向にパンデミックの収束が見えない状況下で、ファッションはどのように変わる(変わらない?)のだろうか。向後の「ハトラ」が目指す方向に照らし合わせ、長見は次のように語っている。「一時的にも季節の振り子が止まってしまったことの影響は出てくるように思います。それがセール時期の見直しなど良い方向に向かえばいいのですが、季節に取って代わって、政局や企業の都合が私たちの時間感覚を支配するようになるとすれば、ファッションの自律性にとって大きな損失だと思います。外出自粛が続き部屋の作業環境を整える人が増える一方、キャンプが流行して『庭キャン』なる言葉も見掛けるようになりました。正直、これほどまでフィジカルな情報(昆虫の鳴き声、布の手触り、人の匂い...)への飢えが顕在化するとは想像出来ませんでした。私達の感覚器官と世界がどのように影響し合っているのか、少しずつ解きほぐし、デジタルで再現・拡張が可能なこと、一方で、やはり直接触れたほうが優位なことを見付けて、また繋ぎ合わせるような活動になればと思っています」。(文責/麥田俊一)

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【ファッションジャーナリスト麥田俊一のモードノオト】
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